射撃
正しい据銃から撃発まで

 射撃競技においては、この課題の詳細な教本は比較的多く、その技術的な基本操作はほぼ完成の域に達していると思われる。
 競技は当たることを目的にしているのに対して、狩猟は獲物を獲ること、獲れることを前提に射撃技術について論じなければ意味がない。
 射撃競技は、ただじっと待っていてくれる、何の意志も持たない標的に向かうだけの行為であるが、狩猟は「命」という崇高な領域に赤裸々に踏み込む行為である。獲ろうとするハンターと「命」の間の空間には「神」が存在しない限り成し得ない行為に思えるほど、競技とはかけ離れた行為に思えてならない。
 殺すためには、どのような形態がより効率的なのか、なんていう表現をするわけにはいかないので、この感覚的な部分を飛ばしていきたくなる精神構造が、われわれハンターにいつもつきまとう課題である。おそらくハンターが一生かけても決して到達し得ない領域を、宿命としていつも維持し続ける運命をわれわれは持っているようである。
 銃の保持の要領
 装薬銃とはまったく異なった要素を持っている事項である。銃を持ち歩いている間は、どの銃でもそれほどの違いはないが、いざ撃発の瞬間を迎えることになると装薬銃とは違い、柔らかく、優しく扱う中で、弾は空中に飛び出すようにすべきである。
 頬付けはソフトにチークピースに接しながら発射し、ピストルグリップも可能な限り緩く握るので、引き金はできる限り安定したポジションを選ばなくてはならない。おそらく撃発までに一番筋肉に神経をゆきわたらせる部分である。
 指の第一関節を曲げた状態で、しっかり保持しながら絞っていく要領は装薬銃のそれと同等な要素を共有している。特にショックの大きいピストン銃には、この一連の要素が不可欠であり、決して装薬銃ハンターが教える領域はそう多くはないのである。
 スーと銃口を移動してから、ここ一発と、グググと力むのではなく、ポンッと引く感覚であり、あまり緊張するやりかたより、できるだけ自然で素直な感覚によって、引き金が落ちるプロセスを発見してもらいたい。
 先台の保持は、銃の重みを垂直に近く構えた肘で支えればよく、先台に接触する手の平に、過剰な力を加えないほうがよい。
 肩付けは、やはりソフトにして、一連のスムーズな動きの中でよどみのないポジションが大切である。
 以上が、実際のフィールドにおいての基本であり、あまり筋肉を使いすぎないことを基本としている。
 次に一般的な射撃術の基礎的な内容を述べよう。
 銃把の握り方 「握り拳」をつくるように、確実に銃把を包むように握る。このときの引き金の位置が、自然に人差し指の第一関節に接することが基本である。空気銃のメーカーによっては、銃把が異常に太くできている場合があり、手の小さな人には、不適切な位置になる。
 銃把の握り方の重要性は、肩付けの圧着度を適度にし、引き金の安定した引き方に導く働きをもっている。 右利きの人は、左手で支えることになるが、銃を支えるには、できるだけ銃の重心部を支えることが基本となる。しかし、腕の短い人が無理にこの位置を確保することは、バランスが悪くなるので、少々手前に支持点をずらしたほうがよい。このときの肘の位置は、体の角度の基準点となるので、気軽に変更しないほうが得策である。
 掌は銃床の下部と密着し、銃床側面に軽く指を添える程度で、力をかけないことである。
 この銃を支えている手は、単に銃を支えるだけが役目であり、決して衝撃の抑制や、肩付け、照準への役目はなく、これに力をかければ照準は動揺する。
 引き金の指の掛け方 銃器の種類、引き金の重さ、ストック形状、目的により異なることがあるが、通常空気銃の狩猟においては、図に示す第一節根で確実性と安定性を求めることが多い。しかし、ストックのグリップが太かったり、手のサイズが小さい場合は第一節で引くこともある。
 例外として、重たい引き金への対応として、第二節まで回し込み、確実な引き金の絞り込みを行う場合もある。いずれにしても、不自然な引き方や握り方になる場合は、専門家に相談して改善すべきであろう。
 基本的には、指の筋肉だけを独立させた引き方になるので、トリガーガード(用心金)には触れずに絞り込む。
 引き金に力をかける方向は、銃身軸と並行になるように心がけること。
 引き金もさることながら、銃の各部にかける圧力の基本は、すべて銃身軸線に沿った圧力配分が好ましく、過度の上下左右への圧力は、弾が銃身軸線に沿って移動しようとしている運動に対して、不均衡な振動や慣性力を発生させる原因となるのである。
 肩付けの基本 肩付けとは、据銃の際の安定をはかるものであり、装薬銃では反動を抑制する機能を求められるが、空気銃の場合は、専ら狙撃の安定につながる、支点の役割をもっている。肩への圧し方は、自然に据銃できる程度で、意識的な圧迫は、かえって不自然な動揺を銃に与えてしまい、結果として、精度や操作にも影響してくるので、自身が一番素直に構えられる形態を考えるべきである。
 初めは人からの教えを受けるが、据銃の意味がわかってきたならば、自ら自身の体型や体力に合致するポジションを探し出すべきであろう。
 頬付けの基本 頬着けとは、頭の位置を素直なところに安定させ、銃を構えたときは、自然に銃床との一体感を生みだすのが目的である。
従って、頭部の配置は、高さや前後の関係が常に一定であろことが求められる。
 頬付け操作でやってはいけないことは、
(1)狙う動作に入ってからは、頬付けの位置を変更してはいけない。
(2)頭部は素直に接する部分に保ち、さらに調整しようと、位置を変更してはいけない。
(3)頬付けとは、あくまでも位置関係で成り立っており、それをそのたびに変更することは、照準もその都度移動することになり、結果として照準の意味が軽薄になってしまう。そして、一度頬付けをセットしたのに、やりなおすことは、ほとんどの人が習慣として定着していまうおそれがある。
 頬付けの基本は、スムーズな一回の操作で決着することである。何回もやり直す行為は結果として安定した復元性は得られず、悪い癖としてハンターが将来に継承していってしまう。それを避けるためには、間違った位置に頬付けしたと感じても、操作をもとに戻さず行っていけば、そのハンターにとっての、自然で、スムーズな頬付けが徐々に完成していくであろう。人によって体格の差があり、無理な矯正は、かえって不自然な筋肉の動きとなり、恒久的な姿勢にはなりにくい。
なお頬付けについて、空気銃ハンターにやたらと説教したがる人がいるようだが、この動作の意味を少々拡大解釈している向きがある。
 この頬付けの意味の一番重要な点は、射撃において一回目と二回目とに照準を覗く視線がずれないように、いつも同じ位置から照準を覗ける姿勢が、より安定して実行できる方法、つまり頬を同じところに付け、同じ圧力が必要なのである。決してこれによって反動を制御したり、精度に直接影響したりはせず、間接的に復元性を良くする一つの手段である。そうでなければ、シューティングマシーンでのあの精度は理解できなくなる。
 そもそも人が銃を構えるその条件は、もともと左右均等には絶対になり得ず、それをなんとか均等の条件に近づけようと努力しているところに味が出てくるわけである。
 引き金を落とすプロセス 
 激発の重要なポイントに、引き金の引き方がある。その基本事項とフィールドにおける対応について述べよう。
  引き方のタイミング
 この問題は、初心者とベテランでは相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、ちょうど良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。


つまり、初めから的を意識するより、引き金を落とす行為に、神経を集中させることにより、より安定した引き金意識を認識させようとしたトレーニングである。
 初心者の通常の射撃は、的を睨み、狙点にサイトが接近した時を発射タイミングとしてしまうが、視覚からの情報が脳に伝達され、指の筋肉に初めてつながり、発射が完了するが、視覚から発した情報が発射までには、一定の時間が必要であり、この時間差は、宿命的に逃れられないのである。
 この時間差を可能な限り埋めるためには、前もっての予測行動が必要なのである。そのためには、いつも同じコースを辿って着弾に結びつけなくては、完成された激発を生み出すことはできないのである。精度の追求は、激発の瞬間ではなく、その前のプロセスの組み立て方に存在しているのである。



実猟野で動く標的に対し、自身の筋肉、脈拍、心拍、気持ち、すべてが動いている状況で決着をつけなくてはならないハンターは、どう対処したらよいのだろうか。ここで訓練によって補うことが可能なのは、動く標的と精神的な部分ぐらいである。射撃の達人ともなると、自身の心拍を制御できるそうであるが、われわれにとっては、それこそ神の領域に近い作業になるのでこれは省くとして、動く標的への対処は大いに必要である。それには足繁く射場通いすることが先決であろう。
 射場はフィールドにはない整った環境がある。精神的にも安定し、その技術に専念できうる環境であるので、まずそこで動く標的の実体に触れることが大切である。
 どんな方法をもってしても銃の動きは止まらない。もしも止まっていると感じたならば、それは自身が上手くコントロールできたと思わないことである。生体が銃を支持している限り、動かないなんてことはないのである。もし動かないと感じているハンターだとしたならば、そのハンターは狙う行為そのものを理解しようとしたことのないハンターかも知れない。
 つまり撃発の瞬間でも常に銃は上下左右に躍動しており、動いているコース上の途中で弾は発射されている。何かここまで表現すると、狙い撃ちするメカニックは偶然性の中で弾は標的を貫いているように思えるが、実は厳密に言うと、そのとおりなのである。しかし、その偶然性をできる限り必然性に近く導こうとするところが、その人の技術なのである。{動く標的と引き金のタイミング 図}
 図に示すとおり、目標となる黒点上を狙点の航跡は常に移動し続けている。上級のハンターほど黒点内または近くを、発射の瞬間にも動いている。初心者ほど黒点には縁が薄いがごとく自由気ままに航跡は走っている。この条件下で競い合えば、自ずとその結果は違ってきる。
 しかし、いくら下手でもタマには当たることもある。ここなのである。何回も反復していくうちに自身が固有に持っている航跡のパターンが一定のリズムの中の収まっているように感じたなら、しめたものである。このリズムを感じること自体が、射技につながるすべてと言っても過言ではない。
 あとは「どこの航跡ポイントで引き金を引けば、ここに着弾する」という反復操作を辛抱強く維持していけば、ある程度の精度は改善されていく。その頃には当然、その航跡は縮小されているはずである。
 ハンターにとっては射撃術があがるにこしたことはないが、とりあえずは狙撃する一瞬のタイミングを習得することが先決である。急所にヒットさせれば、それほどのエネルギーなしでも獲れることが、正当なハンターとしての道につながる。その先はその人の持ち味である。己がどのような持ち味で、どのような味付けが重要かは自身で見つけるしか方法はない。
 良き指導者についてある程度の行程を導いてもらうことは重要であるが、あまり踏み込まれ過ぎて本人の特性を欠く結果とならぬよう独自の手法も将来考えておくこともすばらしい独自性の第一歩となる。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 このときの精神的、肉体的な疲労にも大いに気を配る必要がある。疲労したままで射撃を続行しても、悪い癖をつけるだけであるので、そう感じたならば即座に休憩をとる習慣づけが大切である。
 どのスポーツもそうであるが、インターバルと実行の配分を考えて、緊張が可能となることを知っておくべきである。
 引き金を落とす瞬間は大切であるが、あまりこだわりすぎると、かえっていらぬ緊張が走り、引き金を絞るのではなく、力んで落とす結果が待っているので、初めのうちは気軽に引き金を落とすことから始めよう。
 スーと銃を的に寄せ、的の存在をあまり意識せずに、引き金を同じ早さで、徐々に絞っていき、ポンと撃つ。このときの指の力は、同じ圧力のまま絞っていき、的の存在とは関係なく引き切ってしまうのである。
 この方法では、確かに初めのうちは当たらない。しかし、辛抱強く繰り返すうちに、的がハッキリ見えてくるのである。つまり、初めから的を意識するより、引き金を落とす行為に、神経を集中させることにより、より安定した引き金意識を認識させようとしたトレーニングである。
 初心者の通常の射撃は、的を睨み、狙点にサイトが接近したときを発射タイミングとしてしまうが、視覚からの情報が脳に伝達され、指の筋肉に初めてつながり、発射が完了するが、視覚から発した情報が発射までには一定の時間が必要であり、この時間差は宿命的に逃れられないのである。
 この時間差を可能な限り埋めるためには、前もっての予測行動が必要なのである。そのためには、いつも同じコースを辿って着弾に結びつけなくては、完成された撃発を生み出すことはできないのである。精度の追求は撃発の瞬間ではなく、その前のプロセスの組み立て方にあるのである。
 次に引金の方向性は、銃身軸に沿って圧する。
この銃身軸に沿った引き方が、グリップの形状や太さが原因で、軸線とは異なる方向に、いつも引かれていたり、用心金に指が 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
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 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
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 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
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 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 引き方のタイミング
 図のごとく初心者とベテランでは、相当な差が起きる。しかし、初心者でもたまには、黒点の中心部にヒットすることがある。「まぐれ当たり」と言うかも知れないが、まぐれではないのである。目標の黒点中心を狙って、当たる事実は、狙うべくして当たった事実なのであり、丁度良いタイミングで引き金が落ちているのである。たまに起こる出来事かも知れないが、確かな現実なのである。
 初心者でもタイミングがうまく合えば、当たるその感覚を感じとることが、この項目の最重要課題であり、その良いタイミングをどのようにして再現するかにかかってくる。
 多くの射撃行為を繰り返し行うことにより、どのような位置に狙点を置いたときに、着弾が黒点中心部にヒットするのかが、何となく感じてくることがある。しかし、そう多くは訪れることのないのが、初心者であるので、その感じるチャンスを多くするために、数多い発砲は必要なのである。
 また頬付けについて空気銃ハンターにやたらと説教したがる人がいるようだが、この動作の意味を少々拡大解釈している向きがある。
 この頬付けの意味の一番重要な点は、射撃において一回目と二回目とに照準を覗く視線がずれないように、いつも同じ位置から照準を覗ける姿勢が、より安定して実行できる方法、つまり頬を同じところに付ける、同じ圧力が必要なのである。決してこれによって反動を制御したり、精度に直接影響したりはせず、間接的に復元性を良くする一つの手段である。そうでなければ、シューティングマシーンでのあの精度は理解できなくなる。
 そもそも人が銃を構えるその条件は、もともと左右均等には絶対になり得ず、それをなんとか均等の条件に近づけようと努力しているところに味が出てくるわけである。
過度な圧力で触れているのであれば、銃床を改善すべきであろう。
 引き金を引く指(人差し指)の筋肉は、完全な独立主義である。いかなるものも、その影響を与えてはならず、最後まで引き切らねばならないのである。人差し指に課せられた約束ごとは、その方向、速度、圧力が常に一定なのである。
 呼吸停止の要領
 引き金を絞っていく過程で、射手は自身の筋肉以外にも、その障害となっている呼吸を何とかコントロールしようと考える。心臓は止められないが、呼吸は訓練次第なのである。
 射撃における動揺に、呼吸の占める重要性は、精密射撃する過程で、誰しも感じているはずである。
 呼吸停止のタイミングは、可能な限り引き金が絞りきる直前にすべきである。人によって差はあるが、4秒以上すべきではなく、それ以上無理を押し通すと、かえって筋肉の緊張を起こし、精度は期待できなくなる。
 その過程は、銃口を的に近づけながら、比較的大きく、静かに息を吸い、排気しながら狙点に近づけ、呼吸停止に入り、今まで絞り続けていた引き金が自然に落ちる。落ちた直後でも呼吸は止まっているように意識したほうがよいだろう。一連の流れが必要な行為には、常にオーバー気味の動きが無難なのである。この行程を、いつも一定のリズムで行うのである。
 この訓練は、ハンターが習慣づけなくては何もならず、時たま思い立ったときに猟場で実行する程度では、かえって狙う動作に淀みを来たし、照準の動揺になるので、そのたびに行えるよう習慣づける必要性がある。
 また撃発後は徐々に息を吐きながらそのままの姿勢で、直前の出来事の一部始終をもう一度イメージしてみよう。今の撃発タイミングで、この着弾の結果を確認することは、射撃行為では最も重要な事項であり、それを実行すると、しないでは、射撃の意味するところを根底から異にするものである。
 度重なる訓練の結果は、銃口が正確に目標を捕捉している間に、特別に決断なくして、引き金は絞られていくことであろう。それは遠い道のりかも知れないが、苦しみではなく、何かの目的に指向している自分であれば、必ずその結果が見えてくるものである。
  照準の基本と照準調整
ものに弾を当てるためには、必ずある目安を考えてから、その精度をより高度なものへと考えていく。その一つが照準となる。狩猟は獲物の体の「このへん」に弾を導き、結果として獲物が回収できることが、照準行為の目的である。
 特に狩猟においては、相当いい加減な範囲に弾がヒットしても、目的が達成される世界と言える。それは相手が生き物であり、その体の急所の大きさは、数Cmの範囲まで許容しうるのである。
 照準で一番ハンターを悩ますことは、その獲物までの距離である。30m までの距離では、少々の照準の間違いでも獲物は獲れても、50m となると、そう簡単にハンターのミスを許せなくなる。
 ここで登場するのが「狙い越し」という照準である。その意味は、正照準(ゼロイン)を30m に調整(30m のときスコープの中心点に狙点を合わせれば、その点に弾が着弾すること)しているのに、50m に向かって撃つ場合、スコープの中心点を獲物の祖点に合わしても、弾は遙か下に着弾し、当然当たらないか、半矢となってしまう。これを補正するために、どのくらい下に狙点をずらせば、希望の点にヒットするのかを調整することである。
 つまり、狙いどころと着弾点が食い違っているのを補正するために、獲物の存在しない空間、または、狙点よりずれている予想空間に向かって弾を発射する行為である。
 慣れないうちは、なかなか順応できない初心者が多いようだが、弾道上には二つの正照準(第一ゼロインと第二ゼロイン)が存在しているが、この二箇所の正照準点以外のすべての距離(地点)については、大なり小なりの狙い越し調整は必要であり、その度合いは、距離と獲物の急所サイズで決まる。
 もしも着弾点のずれる範囲より、急所のほうが大きい場合は、狙い越しなしの正照準で撃てることになる。
 冒頭に、いい加減な範囲に、我々ハンターが存在しているような表現をしているが、距離により湾曲する弾道は、このいい加減な数値を遙かに超えるところまで及んでいるのである。
1スコープ調整時の注意点
 スコープ調整の際に忘れてはならないことは、ハンターまたは銃の生み出す精度を前もって知っていなくてはならない。
 一般的には、それを集弾性(グルーピング)と呼んでおり、ハンターと銃が持っている精度のことである。つまり、銃本来が持ち合わせている潜在的精度とは、異なることが通例である。
 精度の確認射撃 
 まず射撃場においてベンチレストで標的に向かって1発撃ってみる。次にマーキングされた弾痕を狙って数発撃ち込む。
この行為を数回に分けて違うエリアへ撃ち込み、各グループの集弾の大きさをみるのである。最後は各グループの大きさの平均値を算出して、今現在の集弾性とする。
 この行為についての意味合いの理解と、技術レベルが上がるほどに、その方法や発射弾数は変化していき、別の方法による精度確認も発見できることであろうが、まずはこの方法で試していただきたい。
 支持点による着弾の違い
 スコープ調整は、可能な限り精神的、物理的に安定した環境で行うことが基本であるが、その目的である狩猟に順応できる方法でなければ、その価値は薄れてしまう。
 ベンチレストに近い安定性をもって、その集弾性が良好な結果として得られたとしても、猟という環境と掛け離れた結果ではならない。ベンチレストで撃った結果と猟場との差は当然、集弾のサイズの違いとして現れてくる。それは当たり前の現実であり、問題とはならない。問題とすべきは、集弾の大きさではなく、着弾位置の違いであり、通常上下の範囲でその差が起きてしまう。
 着弾の差が起きる原因
 テーブルに椅子を備えて、パームレストに銃の先台を置き、安定させた状況だけでも、猟場との集弾サイズの差は当然起きると、誰しも当たり前に考えるが、意外とその違いより、遙かに大きいのが着弾点の移動である。これはハンターに相当なダメージとなって、その日の猟果に直接跳ね返ってくる。
 調整してあるのに、ほとんどが半矢になる。「銃のパワー不足か?」とんでもない間違いである。獲れないからと言って、何でもパワー不足にしないでもらいたい。
 ベンチレストでの結果と、猟場での違いを確かめるべきである。ハンターの射撃姿勢は、猟場と射撃場では相当な違いとなる場合がある。反動が大きな銃ほどレストに依託すると当然、上に着弾する。一番素直に撃てる姿勢は、立ち撃ちである。それは銃の振動、衝撃を体全体で素直に、柔らかく受け止められるからである。身をかがめたベンチレストの姿勢は、いやおうなしに銃のすべての動きを受け止めてしまう。猟場での姿勢との差は歴然としている。しかるに、着弾点が違ってくるのが自然なのである。これは銃の性格を理解して臨めば、自とわかることである。
 そうは言っても、立ち撃ちでスコープ調整し、猟場でも立ち撃ちで終始することはあり得ない条件であり、かえって不自然な状況である。
世界一反動の大きい、カスラムピストン銃で、10m をレスト依託で撃つと、立ち撃ちとの差は2 p前後ある。立ち撃ちのほうが上に着弾するのである。それもたかだか10m の距離で起きる。この手の銃を扱いにくくしている一つの原因である。
 いくら正確な調整をしても、猟に使えない照準、ではどうしたらよいのか。そのほとんどの解決策は、パームレストに直かに銃を置くのではなく、ハンターの掌を立ち撃ちと同じ条件で添える方法がある。
 初めはパームレストと一体化した状態から始め、慣れるに従い、少しずつパームレストにかかる圧力を軽減していき、集弾サイズが満足するサイズに落ち着いてきたならば、パームレストへの圧力をさらになくしていく。
 最後には、パームレストは取り去り、机に対しての膝の接し圧力を軽減していくのである。ここまでの完成度を増せば、猟場との差は相当是正されるはずである。
これは一つの対処方法であり、ハンターによっては、違う方法も見つかるはずである。
 結果として、その差を完全に把握できれば、猟場では数値の違いとして調整可能となるのである。
 誰が撃っても当たりそうなプリチャージ銃も過剰な圧力を銃にかけたり、レストの位置を極端な位置にすると、当たる銃もとんでもない結果になる。銃のレスト位置、つまり先台の支持点によっての着弾は違ってくる。最先端にレストすれば、着弾は上に、元に近づければ下に着弾する傾向がある。
一つの例であるが、ベンチレストの依託射撃でレストの位置をストック最先端にした場合、通常のレストと比べると5mで2 pも着弾位置が上がってしまう銃があった。銃の構造によっては、銃身に負担がストックを介して影響しているのである。このことでも推察できることは、銃身先端にあまり重いバランサーを装備すると、かえって不安定になることもあるということである。
衝撃のないプリチャージ銃でも、50m ともなると、獲物の急所をはずすほどの違いがある。
要するに、射撃環境の整備の第一歩は、いつも同じ条件での環境を保つことに精進することである。そのときの気分で変わる環境などは、おおよそ低レベルでのハンターの辿る道となることを、憶えておいていただきたい。
 このレベルの仕事をなし得たハンターは、当然スコープのエレベーションのクリック数を、猟場で自在に使いこなしていくハンターになっていくことだろう。
撃発  実猟野での対応
 実猟野で動く標的に対し、自身の筋肉、脈拍、心拍、気持ち、すべてが動いている状況で決着をつけなくてはならないハンターは、どう対処したらよいのだろうか。ここで訓練によって補うことが可能なのは、動く標的と精神的な部分ぐらいである。射撃の達人ともなると、自身の心拍を制御できるそうであるが、われわれにとっては、それこそ神の領域に近い作業になるのでこれは省くとして、動く標的への対処は大いに必要である。それには足繁く射撃場通いすることが先決であろう。
 射撃場はフィールドにはない整った環境がある。精神的にも安定し、その技術に専念できうる環境であるので、まずそこで動く標的の実体に触れることが大切である。
 どんな方法をもってしても銃の動きは止まらない。もしも止まっていると感じたならば、それは自身が上手くコントロールできたと思わないことである。生体が銃を支持している限り、動かないなんてことはないのである。もし動かないと感じているハンターだとしたならば、そのハンターは狙う行為そのものを理解しようとしたことのないハンターかも知れない。
 つまり、撃発の瞬間でも常に銃は上下左右に躍動しており、動いているコース上の途中で弾は発射されている。何かここまで表現すると、狙い撃ちするメカニックは偶然性の中で弾は標的を貫いているように思えるが、実は厳密に言うと、そのとおりなのである。しかし、その偶然性をできる限り必然性に近く導こうとするところが、その人の技術なのである。
 図に示すとおり、目標となる黒点上を狙点の航跡は常に移動し続けている。上級のハンターほど黒点内または近くを、発射の瞬間にも動いている。初心者ほど黒点には縁が薄いがごとく、自由気ままに航跡は走っている。この条件下で競い合えば、自ずとその結果は違ってきる。この条件下で競い合えば、自ずとその結果は違ってくる。
しかし、いくら下手でもタマには当たることもある。ここなのである。何回も反復していくうちに自身が固有に持っている航跡のパターンが一定のリズムの中に収まっているように感じたなら、しめたものである。このリズムを感じること自体が、射技につながるすべてと言っても過言ではない。
 あとは「どこの航跡ポイントで引き金を引けば、ここに着弾する」という反復操作を辛抱強く維持していけば、ある程度の精度は改善されていく。その頃には当然、その航跡は縮小されているはずである。
 ハンターにとっては射撃術が上がるにこしたことはないが、とりあえずは狙撃する一瞬のタイミングを習得することが先決である。急所にヒットさせれば、それほどのエネルギーなしでも獲れることが、正当なハンターとしての道につながる。その先はその人の持ち味である。己がどのような持ち味で、どのような味付けが重要かは自身で見つけるしか方法はない。
 良き指導者について、ある程度の行程を導いてもらうことは重要であるが、あまり踏み込まれ過ぎて本人の特性を欠く結果とならぬよう、独自の手法も将来考えておくことも素晴らしい独自性の第一歩となる。
  据銃の傾きと制御
射撃選手の据銃している後ろから観察すると、ほとんどの射手は頬側に極端に傾いている。この現象は、いつも構え方の安定性と復元性に気を遣いながら反復練習しているうちに、いつしか自分自身の固まったポジションが確率した結果なのである。
 射撃競技は、限られた距離しか撃つことはないので、どのような癖を行使してもその癖の復元さえできれば、着弾は安定するのである。従って、同じ銃を違う射手がサイティングしても、偶然がない限り同じ着弾は絶対得られないのである。
 ところが、われわれハンターはそんな単純な考え方では成り立たない環境を宿命として持ち合わせている。フィールドにおいては、その日まったく同じ距離、射角に遭遇することはごく希なことであり、ほとんど同じ条件での射撃はあり得ない。そして銃の傾きは微妙に影響するのである。それも弾道が湾曲すればするほど、そのズレは顕著になる。
図を見ながら説明すると、通常の表現方法は銃身は動かさず、スコープを左右に倒して説明すべきなのであるが、表現が難しいので逆に銃身を左右に振り、表現している。
 傾きがない正常な状態では当然、視線である光軸と第一ゼロインと目標は一致する。
ところが銃身が左(B図)、つまりスコープが右に傾いた場合の着弾は、目標より右に着弾する。銃身が左なのに、なぜ右に着弾するのであろうか。それは銃身軸の延長線と視線とは並行ではなく、必ず交差するように角度を持っているからである。
 一回目に交差するポイントを第一ゼロインとし、さらに先で交差するポイントを第二ゼロイン(通常のゼロイン点)とすると、Bの条件では、第一ゼロインは交差しないように思うが、微細な違いは計算上あるはずである。しかしそう大きな違いはないと考える。それは10m 程度の第一ゼロインまでの距離では、よほど低い弾速でない限り、ここまでの弾道はほぼ直線に近い弾道であるので、どのような傾きでも同等なポイントを弾は通過して行く。つまり地球の引力の影響は、それほどないということである。
このように交差する宿命が作用して、左に傾いた銃身は第一ゼロインから先が右側に弾道が移り、着弾する。
 この傾きを制御するレベル(水平水準器)を装備することで、この問題は解消できるが、基本は自身の平衡感覚を研ぎ澄ますことが第一であり、その確認用として装備すべきであろう。
 狩猟における射撃姿勢5態
実猟射撃の姿勢には, 射撃競技からきている三姿勢を参考とすることが多い。ただ射撃競技と違って,
狩猟ではあまり拘束性の高いスタイルはかえって余分な緊張感を引き起こしてしまうので、基本的には本人の体格、筋力、癖などを考慮したうえでの対応が一番大切である。このことを前提としてすすめててみよう。
 立ち撃ち(スタンディング)
一番活動的なスタイルで、即座に動ける躍動感溢れる攻撃的な姿勢が常に用意できている状態である。しかし、獲物となる動物達からは、ハンターが立っているその高さをハンターとして記憶、認識しており、このことをを常に意識しておくことが、ハンターとしてのセンスを育てていく方策となる。確かにその高さからの捜索は、ハンターにとっては広い視野が確保できるが、相手もまた同じ条件だと言える。
 ハンティングの極意には様々な形態が存在しているが、対峙する相手との感性をどこまで共有でき、その裏をかくためにどのように読みとれるかにすべてはかかっているのである。そしてハンターは攻撃側であり、ミスは圧倒的にハンター側に多くなるのが現実である。獲物からすると守りに徹しているので、双方とも完全な同じ土俵で対決したならば、われわれハンターはまったくかなわないであろう。獲物が獲れるケースは、相手が時たま不利な状況を背負っていたときが、実際には多はずである。
 ハンターにとっての攻撃方法は、相手のバリアー(障壁)が崩れたときが唯一の攻撃のチャンスであり、必ず運がその日の大半を占めていることも経験を積むにつれ、わかってくるものである。つまり、いつも獲れるということは、相手の弱みに遭遇するチャンスの時期、場所、環境を知っているからこそで、獲れる体勢と環境を自身が生み出した結果なのである。
 そのチャンスの多くは、獲物にとってハンター以上に関心を持たざるを得ない、何事かが獲物に起こっているのである。そして、それは本能的な悲しい性でもある。
 いつものように採餌中だったり、仲間がいたり、猫に睨まれたり、眠かったりと、考えてみれば、彼らも人とそれほど変わりない生活ぶりなのである。ハンターがここぞというときに、それを感じながらの捜索には無駄な行為は最小限になっていく。それが研ぎ澄まされたハンターの本性なのである。この一連の動作を実行するには、単独猟しかない。本当のベテランは、その価値を知っているのである。
 膝撃ち(ニーリング)
 立ち撃ちの次に、活動しやすい姿勢である。本来は、この姿勢が基本となるべき要素の多いスタイルであり、どのような姿勢にも切り替えやすく、一番フレキシブルな立場である。
 その安定感、確実な精度を得るには依託射撃に一番近い位置にいるので、そのハンターの猟場によっては、このスタイルを徹底して訓練することで、かなりの効率が考えられる。
スタイルの基本は、身体の骨同士で支えことである。つまり肘と膝の骨に近い部分で、筋肉の部分は避けるということである。人の身体は上手くできているもので、自然とその形に収まってしまう。
 このスタイルほど多くの個性的な形を有しているものはないだろう。しかし、狩猟においての基本的な形態は、左膝を立てて、右膝はおり曲げて行うことである。そのときの左腕の角度は可能な限り垂直とする。それは垂直である限り筋肉は使わず、銃の重量を左右に振れないよう少々の筋肉で調整できるからである。
 射撃とは、可能な限り筋肉で支えることが大半になり、安定させるには一番難しいのである。
 ニーリングで尻をついてまでのスタイルは、時間的余裕と、目的方向にその高さにとって障害とならない環境が条件となる。つまり力を使わないことなのである。この点、立ち撃ちは筋肉で支えることが大半になり、安定させるには一番難しいのである。
 ニーリングで尻をついてまでのスタイルは、時間的余裕と、目的方向にその高さにとって障害とならない環境が条件となる。
 伏せ撃ち(プローン)
ほとんど匍匐前進に近い形態と、匍匐での射撃という姿に必然的に誘導されていく運命を辿るスタイルである。匍匐移動しているときは適度の障害物がブラインドの役目を担ってくれるが、いざ確認、発砲という動作になると、よほど適した環境でない限りこの低い角度からの発砲は無理な状況が多いはずであり、また膝ないし立ちの姿勢に変更するときが最大の難関になる。そこでポンピングなんていう事態になると、いっそのこと後戻りして、体勢と作戦を練り直したほうが得策であろう。
しかし、最低な高さで迫るその様は、相手からすると、ハンターなのか、大きな犬なのか迷いの対象となる時間帯が必ず大なり小なりあることも事実なのである。場合によっては姿を曝しても相手は戸惑っているときがある。このときが彼らにとっての最大の危機なのである。
 徹底したカモフラージュで身を包み、前進して行くその姿は、忍び猟そのものであり、これによって導かれたその猟果は、決して人に自慢することなく、自身の心にいつも宿していることで、ハンターとしての誇りと情熱は崩れ去ることはない。
この行為を本気になって実行するには、服装もそれに適したものでなくては問題を残すことになる。衣服の生地は、目の細かい堅く織り込んだもので、やたらに草の実が付着しないものであり、防水性と撥水性を持ち合わせていれば最適である。肘当てなどの補強生地が縫いつけられたものもよい。
 手袋なども用意していたほうが猟場状況によっては大いに役立つときがある。しかし、シースナイフなどの刃物をバンドに吊して行動しなほうが安全である。われわれエアハンターにとっては大きめの刃物は必要がない。小型のホールディングナイフで十分であり、丈夫なヒモを付けておけば便利なことがある。
 銃はぜひとも連発機能を優先したい。忍び行動の途中での給弾ほど、このスタイルの障害になることはない。
依託射撃のケース(姿勢)
 射撃場での依託の条件と効果に、限りなく近づけることが、その目的を果たす結果となる。しかし、フィールドでその環境を得るには、よほどの運と、その猟場の地形に対しての予備知識が必要となろう。
 基本となる本質は、早く発砲でき、銃の動揺を最大限防げる体勢づくりであるが、木に依託する場合は、木を揺らさないで一連の動作を終了できることである。ハンターより背が高い木を揺らしたのでは、かえってその行為は邪魔になるのである。
 普通、考える依託射撃は、銃だけを安定させることに終始しがちであるが、銃を支えている両腕以外の肩、肘、背中、足などを木や壁などの動きにくい個体に押しつけたり、突っ張ったり、もたれかかったりすることで、かなりの効果が生まれる。
 どうしても獲物とハンターの間に依託物がない場合には、後退してでも背後や側面に依存したほうが、はるかに有利となるので、獲物発見と同時に、自身がおかれている環境を瞬時に判断する必要がある。
 いつも出かけて行く猟場には、何も依託できるものがないことがわかっている場合は、
 バイポット(銃先台に簡単に装着できる三脚のような役目の道具)などや、依託杖などが有効である。カモ撃ちなどで、ボサ越しに撃つ場合などは、どうしてもハンターは立ち撃ちとなるので、この方策に頼らざるを得ない。少々変わった方法には、ナイフまたはそれに代わるものを立ち木の横原に刺して、これに銃を依託する方法や、バンドで銃を立ち木に結束させる方法もある。
 ブルパップ Bullpup の射撃姿勢
 あまり耳慣れない方も多いと思うが、ブルパップエアソフトガン マニアには常識化している形態の銃である。ほとんどの銃砲店も知らないようで、国内の認識の甘さを露呈している。
 ヨーロッパの警備兵がよく携帯しているもので、通常の長さのバレルを装備しても、全長は30p短くなる奇妙な形態である。
 最近になってアメリカでもライフルに盛んに採用されだしている。その短いサイズは国内の山野を駆けめぐっているライフルマンには、このうえない便利な銃であり、近い将来、ブルパップは実猟野での渉猟スタイルとしても高い評価を得ることであろう。○○ページ
参照
 国産化した結果、奇妙なスタイルが、美しさへ変貌したことは大変喜ばしいことであり、なお一層の拡大が望めそうである。
 この型式の特徴である、ハイマウントによる高く位置するスコープは、一見使いにくそうに感じるが、実際はまったく別の価値観が、そこに発見される。それは今までの通常の弾道は、第一ゼロインが10m 前後であったのが、何と一番望ましい20m に変更されるのである。この第一ゼロインは、その銃のスコープ高さによって決定される。従って、よほどの弾速差がない以上、着弾ポイントはほとんどずれないのである。いくら第二ゼロイン(通常のゼロイン)を大きく変更しても変わらないその価値は、空気銃猟を知り尽くしているハンターにとっては、このうえない弾道である。
 つまり、一番使う距離と弾道がいつも同居しているのである。たとえ30m を頻繁に使うハンターでも、その修正はほんの僅かなのである。そして、もっと近い10m 前後の距離にもその順応性は良好である。
 昔からのポンプ銃派が、スコープを限りなく低く装備したいと願っていた願望は、単に邪魔にならない程度の効果であったのである。むしろ弾速の遅い銃器ほどその弾道は湾曲し、各距離への対応は、スコープが高い位置、つまり、高い位置からの視線のほうが遠くへの対応がよくなるのである。
 低い視線が生きるのは、装薬ライフルの世界であり、それとてもその世界は、300mを過ぎるころから、その効果の価値は薄れていくのである。